東京高等裁判所 昭和31年(ネ)692号 判決
控訴人は右事実摘示に記載したとおり、当審においてあらたに、本件訴訟中の賃料の催告と解除により転貸借は終了したと主張している。すなわち
(イ) 昭和三十年五月二十七日附原審提出の訴状請求趣旨訂正申立書によつて、昭和二十三年十二月一日から昭和三十年四月三十日までの賃料の請求をし、かつ、昭和三十年五月分以降の賃料も催告し、同年四月二日に転貸借を解除し、
(ロ) 昭和三十三年三月十七日に昭和三十一年八月一日から昭和三十三年二月分までの賃料を催告し、更に、昭和三十三年三月二十三日にも右期間内の賃料を催告し、同年四月十五日本件転貸借を解除し、
(ハ) 昭和三十四年一月五日に昭和三十一年八月分から昭和三十三年十二月分までの賃料を催告し、昭和三十四年一月十二日本件転貸借を解除した、
というのである。
ところが、控訴人がこのような主張をする前において、原判決の事実摘示にあるとおり、請求原因として次のような主張をしている。すなわち、
(い) 昭和二十六年五月十一日の賃料催告と条件付解除の意思表示によつて同月十四日本件転貸借は解除となり、
(ろ) 昭和二十六年七月五日大森簡易裁判所に調停申立をなし、これには賃料の催告が記載されていたから、本件訴状によつて本件転貸借を解除した、
(は) 本件訴状には賃料支払の催告が記載されているので、昭和二十七年九月十八日の準備手続期日において本件転貸借を解除した、
というものである。
そして、この(い)(ろ)(は)の三回の解除はいずれもその効力を生じないものであること、本件転貸借の昭和二十三年十二月一日から昭和二十六年四月三十日までの統制賃料は五千六百四十五円十六銭であり、被控訴人の転借料支払義務はこの範囲を出ないものであつたところ、この弁済として右(三)の(い)の催告当時までに、すなわち昭和二十五年七月五日及び昭和二十六年二月二十二日の二回に金三千円宛合計金六千円を支払つているので、この催告当時には延滞転借料は存在しなかつたことは、いずれも右に引用した原判決の理由で説明しているとおりである。
しかるに、控訴人は右(い)に記載してある昭和二十六年五月十四日(この時までの転借料は右の六千円で支払済の計算となる)解除によつて本件転貸借が終了したという主張及び右(ろ)(は)の主張もそのまま当審においても維持している。すなわち、右昭和二十六年五月十四日以後は本件転貸借は存在せず、また、被控訴人に対する賃料債権も同日以後の分は存在せずと主張し、建物収去土地明渡等を請求しているのであるから、この主張を維持しながら、他方において、その訴訟の係属中に、当審においてあらたに前記(三)の(イ)(ロ)(ハ)のように昭和二十三年十二月一日から昭和三十年四月三十日までの賃料を催告したり、昭和三十一年八月一日から昭和三十三年二月分までの賃料を催告したり、また、昭和三十一年八月一日から昭和三十三年十二月分までの賃料を催告したりしても、このような催告は、昭和二十六年五月十四日以降は転貸借や転借料債務は存在しないという原審来の主張と全く相反し矛盾した行為で両立しえないものであるからその行為の意味が全く不明となり、催告に応じて提供された賃料を受領する意思があるものとはみられないから本来催告としての効力がない。従つて、右のような場合には被控訴人において右のような催告に応じ賃料を提供したときは、控訴人は昭和二十六年五月十四日転貸借は終了したという従来の主張を撤回した上、催告した賃料を受取るし、転貸借の継続をも承認し訴も取下げるというような趣旨のことを催告中に表明し、相矛盾した前後の行為の間に調和を図り後になされた催告という行為の意味すなわち賃料受領の意思のあることを明確に表示しなければならない。そうしないと転借人としては、一方において催告前である昭和二十六年五月十四日転貸借は終了したとして建物収去土地明渡等の訴訟を受けているのであるから、その訴訟中に右昭和二十六年五月十四日以後の賃料の催告を受け、これに応じ催告された賃料を提供したとしても、右の訴訟と転貸借終了の主張とが維持されている限り、賃貸人は真実これを受取る意思はないものであろうと考え、そのままにし提供しないでおくことは通常人としてはありうることと考えられるから、提供をしなくても転貸借の解除に値するほどの過失や不信行為があつたものということはできない。従つて控訴人が当審においてあらたに主張する前記(三)の(イ)(ロ)(ハ)の催告や解除の意思表示によつては本件転貸借の解除の効力を生じないものといわなければならない。もつとも控訴人としては、被控訴人は右昭和二十六年五月十四日に本件転貸借の終了したことを否認しその後においても転貸借は存続し、従つて転借料の債務も発生したことを主張しているのであるから、控訴人の催告に応じこれを支払うのは当然であるといいたいところであろう。しかし、催告において賃料受領の意思のあることを明確にするのは、右のようなことをいう以前の問題であつて催告自体の有効要件である。一方において転貸借は終了しその後は転貸料の債務も成立しないことを主張し、それを請求原因として建物収去土地明渡等の訴訟を継続しながら、他方においてその訴訟中に、仮定的に転貸借が存続するならば転貸料を支払えというのは、前記のとおりそのままでは催告の形式があるに止まり転貸料受領の真意が明確に表明されたものではなく、転借人も転貸料受領の真意はないものと考えるであろうから、催告自体の要件を欠き解除の前提としての催告の効力を生じないものというのほかはないのである。
従つて、控訴人が当審においてあらたにした転貸借の解除ないし特約に基く本件土地明渡請求の各原因たる事実の主張はすべて理由がないといわざるをえない。
(薄根 村木 元岡)